選考委員会、小山修三委員長の講評


 今回は幅広いジャンルから甲乙つけがたい作品が多かったようですが、最終候補作品は下記の6本に絞られました。



 『祈りの大地』は被災者に寄り添う著者の人柄が滲み出ていましたが、取材対象相互の関係、掘り下げが浅く、手慣れた感じの「取材記」になってしまいました。『犬と走る』、『北極男』は作品としての仕上がりがもう一歩で、これからに期待したいということで選外となりました。『今西錦司伝…』は、緻密な論理性と「評伝」として高い評価を得たのですが、「探検」性が問われました。

 選考会議は終始、『天、共に在り』を軸に進みました。そうしたなかで、選考委員の心を捉えたのが『裏山の奇人…』でした。幼少のころから一途に「虫」を追いかけ、観察する姿に、若き日の「梅棹忠夫」の姿が重なったのです。軽妙な語り口も好感が持てました。

 しかし、アフガニスタンで30年にわたり医療と用水路建設に当たってきた中村氏の業績と存在感は圧倒的でした。加えて、「昆虫と山」というキーワードで、アフガニスタンとの出会いを語り、「天、共に在り」というゆるぎない信念のもとに異国での活動をつづる。余計な言葉も感慨もそぎ落とし、分り易く平明な文体から、常人の及びもつかない中村氏の姿が迫ってきます。その構成力と筆力は他を圧していました。『天、共に在り』を差し置いて、『裏山の奇人…』を授賞作とする積極的な理由が見つからず、残念な結果になってしまいました。

 『天、共に在り』は選考委員一致で決まりました。きわめて妥当な結果なのですが、一瞬の逡巡がありました。すでに、中村氏の活動は国内外で高い評価を受け、本書も発売と同時に3つの賞を受賞されているからです。しかし、フィールドに対峙する明確な目標、目標に向かう行為、長期にわたり積み重ねた成果、活動を維持していく人的、経済的組織力、それらを卓越した文章で表現する知的探求。そのいずれも、現代社会における新たな「探検」の在りかたを鋭く提示しています。本書にどれだけの賞が授与されても「梅棹賞」を差し上げたい、それが選考委員全員の意志でした。

 中村さんが活動しているところは、国際機関からの援助も多数ありますが、それらの多くはカネやキカイ力を利用して自然環境や社会を変えようとするため、失敗に終わる傾向が強いようです。中村さんは現地の人たちと、むしろ人力の範囲内で仕事を進めています。「自然の摂理」を無視してはならないと。とくに、砂漠の(水源)開発には井戸掘りとともに伝統的なカレーズに目をつけ、用水路を開き、農地を作りました。その設計に、ふるさとの筑後川で17世紀以来改良を積み重ねてきた「山田堰」にヒントを得たことは大変おもしろかった。水路が出来て数年のうちに川辺に緑の森が出来るという自然の力には目を見張りました。

 「復讐は神に任せる。だが自分の播いた種は自分で 落とし前をつける」という中村さんの肝の据わった言葉こそ、現地で実際に働く人たちの持つべき心なのでしょう。

著者 中村哲(なかむら てつ)

 1946年 福岡県生まれ。医師。


 2003年 マグサイサイ賞受賞。
 2004年 第14回イーハトーブ賞受賞。
 2013年 第24回福岡アジア文化賞大賞。
     第61回菊池寛賞を受賞。
 2014年 第1回城山三郎賞を受賞。











信濃毎日新聞記事

2011-2017 © 「梅棹忠夫・山と探検文学賞」委員会