選考委員会、小山修三委員長の講評

 弊賞も、今回で3回目。受賞者は、第1回の角幡唯介さん、第二回の中村保さん。いずれも山を愛し、未知の世界に探検心を持ち続けた梅棹忠夫さんの思いを反映した作品で、この賞は出版社などマスコミからも注目されるようになりました。

 今回も、私は「梅棹賞」を決める基準をつぎの3つとしました。「梅棹賞」は文学賞と称する以上、まず読みやすいこと。もう一つは、探検精神に富んだ行動力でみずから「未知」に立ち向かっていること。そしてノンフィクションであること。

 最終選考には5作品が残りました。そのなかで、選考委員5名中4名の支持を得て、高野秀行氏の『謎の独立国家ソマリランド』(本の雑誌社)が選ばれました。

 この本を読んでいて、私は梅棹氏の『サバンナの記録』(1965年刊、朝日新聞社)を思い出しました。当時、私たちとは全然関係がないと思っていたアフリカの狩猟採集民族の日常生活が、(学術論文ではなく)読やすい文章でつづられていたのです。それを読んで、社会組織や生活信条は大違いなのに、基本的には彼らと我々と同じ人間であることに気づかされたのです。

 本書を読むまで、「ソマリア」と「ソマリランド」の区別さえ曖昧でした。 20年にわたる内戦がつづく危険地帯として、正確な情報もなく空白のまま取り残されたソマリアとソマリランドに興味をそそられた著者は、徒手空拳、スリリングな体当たり取材を敢行します。
 「移動には護衛兵が必要、そとでパンパン銃声がする、海賊をやるための資金や集団を考える 、まるで「おもちゃ箱をひっくり返したよう」なソマリアという国。しかし、そこから分離独立したソマリランドは、政情も安定し、治安もよく、人々はある意味では至極平穏にくらしている、ことがわかります。異文化世界に飛び込み、 客観的に研究するのは民族学に通じるところが多いと思います。文章も平易で読みやすく、500ページを一挙に読み通せました。

 問題点を挙げるなら、複雑なソマリランドの民族や社会構造を、日本の源氏や平氏に例えて説明するのは飛躍がありすぎ、無理を感じました。また学問的には疑問点が残る、という意見もありました。しかし、ノンフィクションは時間との闘いという面があり、本書が「いま」を語っている意義は大きいとおもいます。

 

著者 高野秀行(たかの・ひでゆき)

1966年東京都生まれ。ノンフィクション作家。早稲田大学探検部在籍時に執筆した『幻獣ムベンベを追え』でデビュー。『アヘン王国潜入記』『西南シルクロードは密林に消える』『巨流アマゾンを遡れ』など辺境探検をテーマにしたノンフィクションや旅行記のほか、『異国トーキョー漂流記』『アジア新聞屋台村』など、早稲田時代の青春や日本での異文化体験を描いた作品を執筆。

 1992-93年にタイ国立チェンマイ大学日本語学科で、2008-09年に上智大学外国語学部でそれぞれ講師をつとめる。2006年『ワセダ三畳青春記』で第一回酒飲み書店員大賞を受賞。2013年『謎の独立国家ソマリランド』で第35回講談社ノンフィクション賞を受賞。

受賞のことば

梅棹さんは未知のもの、場所を追求した人。自分も同じく未知の ものが好きで、25年間、未知を追求してきました。その意味で、今回の 受賞はとてもうれしいです。

高野秀行

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